研究のご紹介


 水圏生命科学領域における「食と健康」・「水と健康」をキーワードとして、アオコを形成する藍藻類が産生する毒素『マイクロシスチンLRによる中毒の化学予防法および化学療法の確立をめざし、以下の3点について検討しています。

(1)毒性発現機序、並びに解毒機序を解明する。

(2)毒性発現を抑制し、解毒を促進する化合物を水産物廃棄残渣等から探索する。

(3)得られた化合物の生理活性を詳細に解析・評価する。

 また、その他にも下痢性貝毒オカダ酸、赤潮毒ブレべトキシン、重金属の毒性と機能性、ウナギ筋肉緑色蛍光タンパク質、細胞の酸化ストレス応答に関する研究等も展開しています。

 

研究の学術的背景

 藍藻類(主にMycrocystis属)が産生する最も代表的で強力な毒性化合物としてマイクロシスチンLRが知られています。マイクロシスチンLRは、分子量995の環状ペプチド構造をとる安定な(沸騰水中でも分解されません)化合物であり、単純拡散では細胞膜を通過しません。マイクロシスチンLRの主な毒性は、セリン/スレオニン型タンパク質脱リン酸化酵素PP1およびPP2Aを特異的かつ不可逆的に阻害することを介してヒトを含めた動物に急性の肝機能不全を誘発することです。また慢性的な低濃度曝露により肝臓がんを誘発する発がんプロモーター(IARCグループ2B)としても機能することが知られています。しかし、これまでその肝臓特異的な毒性発現機構には不明な点が多かったのですが、私たちの研究グル―プは、ヒト肝細胞の類洞膜上に特異的に発現しているOATP1B1およびOATP1B3が、マイクロシスチンLRの肝細胞への選択的な取り込みおよび肝細胞特異的な毒性発現に重要な機能を果たし、部分的には活性酸素種による酸化ストレスが毒性発現に関与することも明らかにしました。

 富栄養化しやすい湖沼水を水源とする浄水施設をもつ地域において、藍藻類の大発生であるアオコの除去は安全な水の供給のための重要課題です。1996年にブラジルにおいてマイクロシスチンLRが混入した透析液により50名の腎臓透析患者が犠牲になった中毒事故のように、諸外国においてアオコが産生する有毒化合物により「水の安全」が脅かされています。我が国においては疫学的因果関係が証明された中毒の報告例はありませんが、主に水温の高い夏場において、日本各地の淡水池等でアオコが発生しています。現在の我が国の水道法に基づいた浄水過程(沈殿、急速濾過、塩素消毒)では必ずしも完全にマイクロシスチンLRの分解・除去が可能とは言えないことから、マイクロシスチンLRの水道水への混入を避けるためにアオコが発生した原水は浄水に利用せず,また浄水過程においてなんらかの高度処理を組み入れる等,自治体レベルで注意しています。また、マイクロシスチンLRが生物濃縮した貝類を摂取することを介して起こるヒトの健康被害も危惧されています。

 そこで有毒藍藻類由来の化合物中毒に対する予防法および治療法を確立する必要があり、有毒藍藻類がもつ毒性についての知識を得るための詳細な毒性学的実験研究が急務であると考えられます。上述の水道法においてマイクロシスチンLRは要検討項目に分類されており,その毒性に関する研究を奨励し,知見の集積の必要性ならびに検出法の確立の必要性が謳われています

肝臓毒マイクロシスチンLR(MCLR)は、肝細胞の類洞と呼ばれる毛細血管に接する部位の細胞膜にのみ発現している有機陰イオン輸送体タンパク質OATP1B1とOATP1B3によって、肝細胞内に取り込まれ、標的分子であるタンパク質脱リン酸化酵素PP1とPP2Aを特異的かつ不可逆的に阻害します。その結果、細胞内のタンパク質のリン酸化と脱リン酸化のバランスが崩れ、細胞毒性を引き起こすことが明らかになりました。また、マイクロシスチンLR曝露のストレスにより、細胞が活性酸素種を産生することによっても細胞毒性が引き起こされると考えらています。